確定拠出年金の啓発や導入支援に取り組む一般社団法人確定拠出年金診断協会。「未来のあなたを、笑わせよう」というビジョンのもと、一人ひとりが金融知識を身につけて豊かな人生を送るためのサポートを行っています。
確定拠出年金(DC:Defined Contribution、以下DC)とは、拠出された掛金とその運用益との合計額をもとに、将来の給付額が決定する年金制度。2001年の制度施行から20年以上が経ちましたが、まだまだ加入者の理解が進まず、多くの企業で活用促進が課題となっています。
こうした課題の解決を目指し、当協会は加入者向けの相談窓口・専門家育成・企業向け事業の3本柱でDCの教育に取り組んできました。有資格専門家の育成実績は1,000人以上、企業内DC勉強会の延べ参加者数は10,000人以上にのぼります。
今回は、協会設立に至った背景やこれまでの成果、今後の展望について、代表理事の分部彰吾に聞きました。
目次
わずかな知識差で退職金が1,000万円変わると知って。DCの認知不足への問題意識から金融教育の道へ

ーーまず、分部さんがDCに関心を持ったきっかけを教えてください。
新卒で入社した会社がDCを導入していたので、入社時に存在を知ったのが最初のきっかけです。金融機関による研修もあったのですが、当時はあまり当事者意識がなく、ほとんど聞き流していました。
本格的に理解を深めたのは、保険代理店勤務での独立系ファイナンシャルプランナーになってからです。仕事の関係であらためてDCについて勉強し、運用次第で退職金が1,000万単位で変動しうることを知りました。
そして、私自身が当時の運用で大きく損をしていることに気づき、「どうしてこんなに大事なことなのに、誰からも教わる機会がないのだろう」と問題意識を持ちました。
そこで本格的にDCの知識を身につけ、身近なお客様などに向けてシェアし始めたのが、今の事業の原点です。
ーー実際に啓発活動を進めてみて、お客様の反応はいかがでしたか?
かつての私と同じように制度についてほとんど理解していなかった方が多く、「もっと早く知りたかった」「今教えてもらえて助かった」という声をたくさんいただきました。
実際、関わったお客様の中には、4年間の運用サポートで退職金が1,000万円増えた方もいて、正しい知識を身につけることの重要性を実感しました。一方で、サポートを始めたとき、すでに定年近かったお客様の場合は資産の増加に限界があり、「もっと早く分部さんに出会っていれば……」と口にされる方もいました。
年齢も所得もさまざまな方をご支援しましたが、共通して感じたのは、なるべく早期から金融リテラシーを身につけることの大切さです。
ーー協会設立の経緯を教えてください。
個人向けの情報提供に続き、より多くの方に情報提供するために企業向けのDC導入支援を立ち上げました。事業規模の拡大に伴い2022年に一般社団法人として組織化し、同時に民間資格「確定拠出年金診断士®」を設立して専門家の育成を始めました。
2025年までの3年間で有資格者は合計1,000人以上にも及びます。彼らの力で、我々だけでは手が届きにくい地方の方々にも金融教育を届けられています。
「確定拠出年金」と聞くだけで拒絶反応。多くの企業で課題となる従業員の金融リテラシー格差

ーー2025年現在はどのような事業を展開していますか?
加入者向けの相談窓口・専門家育成・企業向け事業の3本柱で展開しています。
企業向け事業は、DCの導入をお手伝いする「DC新規導入事業」と、すでに導入している企業で活用を後押しする「DC活性化事業」の2つに分かれます。
DCの導入自体はそこまで難しくないのですが、導入後に思うように活用が進まないと悩む企業が少なくありません。そのため当協会では、DCを導入済みの企業に対して、制度を継続的に機能させることを重視し、運用体制の整備や従業員への啓発活動を支援しています。
ーーDCの活用にあたり、具体的にどのような点がボトルネックとなるのでしょうか?
多くの企業で人事部が悩んでいるのが、従業員のDCに対する興味関心の個人差です。「確定拠出年金」という単語を出した時点で「よくわからない」「興味ない」のような拒絶反応を示されるというお話をよく聞きます。
金融機関に研修を開いてもらっても、参加するのはもともと意欲や知識のある2割程度の従業員。残りの8割にはそもそも関心を持ってもらうことが多くの企業で課題となっています。
ーー従業員のDCに対する理解不足は、企業にとってどのようなリスクをもたらしますか?
退職金の仕組みに対する誤解は、労使間トラブルの原因となり得ます。
従来の確定給付企業年金(DB:Defined Benefit Plan)では、「給付」とあるように退職時の給付額が事前に確定していました。一方でDCは個々人の運用成果によって受取額が変動し、年収や勤続年数の近い社員間でも1,000万円単位の金額差が発生する可能性があります。
このような制度の違いが従業員に伝わっていないと、認識の齟齬が退職金の莫大な金額差として表面化し、退職間際の軋轢につながりかねません。
企業と従業員が最後まで良好な関係を保つためには、早い段階からDCに対する正しい知識を身につけていただく必要があるのです。
定員300人に対し700人の申し込みも!幅広い層にアプローチする法人研修の手法

ーー法人研修では、DCに関心の薄い従業員にも知識を届けるためにどのような工夫をしていますか?
DC以外で対象者が関心を持ちやすいキーワードを前面に出すことでフックを作ります。具体例として、「NISA」「住宅」「保険」「ふるさと納税」などは、金融リテラシーにかかわらず広く聞き手の関心を集めやすいトピックです。
キャッチーなテーマで集客し、実際にセミナーの前半は従業員が関心を持ちやすい話で引き付けた後、2部構成として後半でDCの話をすると、前半のトピックで興味を持った人がそのまま耳を傾けてくださいます。
実際に、ある大手企業の活性化支援を行った際は、ファイナンシャルプランナーである私とハウスメーカー出身の理事で共同開催して、「保険の裏側」「住宅の裏側」というテーマでセミナーにご案内しました。その結果、会場の定員300名に対して、倍以上の700人近くの申し込みがあり、人事部の方も「こんなに集まるなんて思わなかった…!」と喜んでくださいました。
ーー関心を持たれやすいテーマの活用がポイントなんですね。実際のセミナー中に工夫されていることもありますか?
過去のDC運用者の資産額のグラフをお見せして、運用の仕方で退職金の金額がどのように変化するかを説明しています。DCについてほとんど知らなかったという方にも、実例を視覚的に伝えることで、正しい知識で運用することの大切さを理解していただけることが多いですね。
ーー全体研修で興味を持ったお客様には個別相談をご案内しているのですね。
集団向けの研修ではどうしても平均的な助言にとどまるので、より個人の事情に即したアドバイスを聞きたいという方には個別相談をご案内しています。
一般的な相談サービスがどうしても特定の証券会社に肩入れするポジショントークになりがちなところ、当協会の事業では中立的な立場から個々人に寄り添ったお話ができるので、大きなやりがいを感じますね。
ーー個人のお客様とお話しするなかで、金融リテラシーに関してどのような課題を感じますか?
老後にいくら必要かがわからず、漠然とした不安を抱えている方が多いですね。
備えが明らかに足りない方もいれば、逆に十分な蓄えがあるのに心配されている方もいます。
以前、60代で貯蓄が5,000万円ある方から「老後の資金が足りるか不安」というご相談がありました。一般論でいえば生活に支障ない金額ですが、その方自身の目標金額が決まっていないせいで、どれだけ貯めても終わりが見えないんですよね。
蓄えが多いに越したことはありませんが、やりたいことを必要以上に我慢したり、不本意に働き続けたりしては本末転倒です。
ただお金を増やすだけでなく、自分が何にいくら使いたいのか計画を立てるための金融教育が大切だと感じています。
金融教育を通して、従業員と企業のWin-Winな未来を目指す

ーー協会の今後の展望を教えてください。
実現のハードルは感じつつも、全国の企業にDC相談窓口のようなものを設置できればと考えています。
現状、一般の方がDCで困ったときに相談できるのは金融機関のコールセンターくらいで、細かいアドバイスがもらえるわけではありません。専門的な知見に基づいて、個々人の将来像に合わせたサポートを届けられる体制を作りたいです。
またDCに限らず、広く金融教育を行っていきたいと考えています。2025年夏ごろからYouTubeも始めており、企業型DCだけでなくiDeCoやNISA、年金などのテーマで発信しています。ありがたいことにチャンネル開設から5ヶ月でチャンネル登録者数3万人を突破し、月間の再生回数は100万回を超えるようになりました。手軽に見られる動画での発信を始めたことで、セミナーだけでは届かない層にもリーチできている手応えを感じます。
ーー最後に、DC導入後の活性化を課題としている企業へメッセージをお願いします。
当協会が法人向け事業を通して実現したいのは、金融教育を通して従業員も企業も幸せになる未来です。
昨今では多くの業界で転職が増えていますが、理由の一つとして、定年まで勤めた場合の未来に対する不安があると思います。DCについて正しく理解し、退職金について見通しが立てば、現職で勤め続けるインセンティブを感じられるはずです。
従業員が安心して長く働ければ、企業としても離職防止につながる。労使のWin-Winな未来に向けて、DCの理解促進が大きな効果をもたらすと考えています。
金融教育にあたっての大きな課題となる興味関心の喚起は、当協会が一番得意としている部分です。DCの活性化に悩む人事担当者の方は、ぜひ一度ご相談いただければと思います。
(取材・執筆:渡眞利駿太 / 撮影:池田星太)